「ニュースを読み解く用語」と題し、メディアでよく耳にする言葉の意味や使用例について、編集スタッフの藤原椋(ふじわら・むく)が、大正大学表現学部の教授で情報文化表現が専門の大島一夫(おおしま・かずお)さんに連載で聞いています。
今回・第3回は、近ごろよく見聞きする「ダイバーシティ」という用語について伺いましょう。
多様性を尊重する「ダイバーシティ」
そ、そうですか。私のようなおじさんだと、昔、クルマに付けたダイバーシティ・アンテナの方がピンとくるかも。
「ダイバーシティ」は英語では「diversity」で、直訳では「多様性」という意味です。アメリカでは1960年代から、年齢や性別、人種、国籍、宗教、学歴などの違いを多様性ととらえ、社会生活で差別や少数派への偏見をなくし、平等を目指す考えかた、取り組みとして広まりました。
その後、2000年代にかけて先進国のビジネス界で、「多様な人材を生かす。多様な働きかた。雇用の機会均等」といった意味合いで経営理念に取り入れられつつあります。
またもうひとつ、生物多様性という、自然保護の視点からダイバーシティという用語が使われています。
日本でも同様の解釈でしょうか。
日本の場合は現在、主に企業経営において「企業が年齢、性別、価値観、ライフスタイル、外国人、障害などの多様な、幅広い人材を採用して能力を生かすこと」としてとらえられているでしょう。多様な人材が集まると企業が成長、発展するという認識です。
これは生物多様性にも通じるとらえかたで、多様性のない自然環境は持続性が弱いと考えられています。
意味によって分けられる、ダイバーシティ3つの型
ダイバーシティは多様という意味であるだけに、本来、いろいろなとらえかたがあるそうですね。
ダイバーシティには、デモグラフィー型、タスク型、オピニオン型の3つがあるといわれています。
デモグラフィーとは人口学のことで、この型は属性を意味し、年齢や性別、国籍など外観的な多様性を、タスク型は仕事や課題を意味し、能力や経験などの内面的な多様性を、オピニオン型は意見や見解を意味し、個々の意見を自由に発信できる組織(会社)が持っている多様性を示します。
とくに日本の企業では、これまで雇用における男女格差への取り組みが中心で、デモグラフィー型といっても、まだまだ偏りが大きいでしょう。そうした意味でも、世界と比べて日本でのダイバーシティの浸透率は低いと思われます。
日本の企業が取り組みたいダイバーシティ
日本の企業は現実に、ダイバーシティを働きかたや雇用に取り入れているということでしょうか。
その動きはあります。少子高齢化で労働人口が減少しているので、なんとか働き手を確保したい。そのため、これまでは採用が少なかった女性や外国籍の人、高齢者を採用しようという動きがあります。
具体的にはどのように取り組んでいるのでしょうか。
育児をしながら働きやすい職場づくり、女性の活躍支援、LGBT支援、障がい者雇用の促進、外国籍の人の積極的な採用、仕事と同時にプライベートを充実させるワークライフバランスの重視などが実践されています。
また、今年(2021年)4月に「高年齢者雇用安定法」の改正が施行されて、従来の「65歳までの雇用機会の確保の義務」に加えて、「70歳までの就業機会の確保の努力義務」が追加されています。
ただし、その元が先にも挙げた日本における労働人口不足を補完することのようで、ダイバーシティで言わんとする多様性とのズレも感じます。
東京都が政策に、経済産業省は表彰に取り組んだ
東京都は2016年から2020年に向けた政策として「3つのシティ」のプランを挙げ、そのひとつにダイバーシティを掲げていました。
東京都が言うダイバーシティは「Diversity(多様性)」と「City(都市)」をかけ合わせた造語の「ダイバーシティ」で、誰もがいきいきと生活、活躍できる都市をつくるとしています。お台場(江東区)にある飲食物販の複合施設として知られる「ダイバーシティ東京」も同じ趣旨で、こちらが先にオープンしていました。
社会全体の成長のための動きということですね。「ダイバーシティ」という用語、ビジネスシーンの会話ではどのように使うといいでしょうか。
「ダイバーシティ経営に取り組む企業は今後も増えていくでしょう」といった文意で用いることができます。
ダイバーシティの考えかたを積極的に取り入れた戦略のことを「ダイバーシティ経営」といいます。経済産業省では、2012年から2020年まで、「新・ダイバーシティ経営企業100選」と題して、ダイバーシティ経営に取り組み、多様な人材の能力を生かす企業を表彰、発表していました。日本で大多数を占める中小の企業では、ダイバーシティの取り組みは途上でありこれからのことで、それは経済産業省も認めるところです。
「ダイバーシティ」が日本の発展にとって重要な考えかたであることがわかりました。企業のウエブサイトなどで経営理念や方針を読み解く際にも注目したいキーワードです。ありがとうございました。
次回・第4回は「人新世(ひとしんせい・じんしんせい)」について伺います。
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(構成・取材・文・イラスト 藤原 椋/ユンブル)
先だって電車の中で、「ダイバーシティって、ダイビングができる街のこと?」という会話が聞こえてきました。「ええっ、それはない」と思い、友人に「ダイバーシティって知ってる?」と聞いてみたところ、同じように答える人が複数いました……。